というのは名作には珍しくない話である。未完ほぼ確定漫画。文句ナシに面白いのに、全然連載が進んでくれない。多くの読者に『取材とか言ってゲームとかしてるだけだろ…?』とか『急病のためとか言ってるのに推しの楽屋には挨拶行けるんですね…?』なんて小言を言われても、なお読者の心を離さない名作漫画。あなたも漫画好きなら「ハンターハンター」然り、「ヒストリエ」然り、いくつも例を挙げられると思う。
で、この前『ベルセルク』の著者 三浦健太郎氏が亡くなった。そんなこともあってか有識者の間で『多分、作者の年齢からしても未完で終わりそうなんだよなぁ…』と嘆かれている傑作が今回紹介する『セスタス』である。
恥ずかしながら小生、この前 初めて読んだ。めちゃくちゃ面白かった。文句なしに超面白かった。20年以上連載されてる作品だけど、1日で追いついた。追いついてしまった。これからは連載を追っかける身分になってしまった…。
ということで今回は、筆者の感じたセスタスの魅力についてまとめてみる。最初に言っておくが、セスタスはマジで、そんじょそこらの休載漫画とは違う。作者の綿密な取材が如実に漫画に反映されて多面的に面白い傑作である。
多少のネタバレ・画バレを含むので、そこら辺は注意してね。
- モチベーションが上がらない
- やる気が落ちてきた
- 格闘技・歴史・愛憎劇のどれかが好き
もくじ
《拳奴暗黒伝/拳奴死闘伝セスタス》概要
これは、圧政ローマの世に生きる、
過酷な運命にもがき、闘い続ける優しき少年の物語―。奴隷拳闘士の養成所で初めての試合に挑むセスタス。相手が親友であることに戸惑いつつも勝利するが、相手はその場で殺されてしまう。敗れし者に明日はない、と師ザファル。
「勝つたびに相手が死ぬんじゃ、まるで人殺しじゃないか!」
哀しみも怒りも全て両拳に握りしめ、生き抜くセスタスの前に、次々に立ちはだかる強敵、そしてローマ帝国第5代皇帝ネロの影。
勝つより他に自由になる道がないセスタスは、明日を掴み取れるのか?!
概要は上のような感じ。
舞台は圧倒的な格差社会が蔓延るローマ。
そしてその最下層の『奴隷』として生まれたセスタスが骨身を削るような努力をして劣勢を跳ね除け、幾つもの逆境・死線をくぐり抜けて奮闘・成長するストーリーである。読むだけで
『オレも頑張らなくっちゃ…』
と背中を押されるような、そんな熱量を持つのがセスタスという作品だ。
魅力的な『セスタス』のメインキャラクター達
作品を支える重要人物をサラっと紹介しておく。
主人公《セスタス》
現在のボクシングのような階級制やラウンド制がない“拳闘”。圧倒的に不利な「体が小さい」というハンデを抱えながらも持ち前の反射速度や機転、発想や勇気で補いつつ闘う主人公。
『強くなりたい』という自発的な考えよりは『強くならなくちゃいけない』という考えが強いのか、物語の前半は迷いが多く見られる。焦りや怒りという感情も随所に見られるので共感しやすい優等生主人公。そんなセスタスが目的に向って努力をし、勝ち目のないような強者に勝利したときの達成感がスゴイ。爽快感も漫画とは思えないくらい凄まじく、総合ルールで自演乙が青木に失神KOで勝ったときくらいスカッとした場面も多い。
特に5巻あたりまでの、望まない戦いを強いられて成長するセスタスは必見。
…
果敢に挑戦するセスタスに胸を打たれる。素質もあるが それ以上に、
- 窮地であっても他者の心をいたわれるところ
- 保身から一歩踏み出す勇気
などが魅力的な主人公。あるキャラいわく『あの子が(奴隷という身分ででも)みすぼらしく見えないのは、黄金の魂を持っているからよ』とのこと。
セスタスの師匠《ザファル先生》
セスタスの師匠 。
正確な理論に基づいて技術指導、さらには拳闘士としてはメンタル面で繊細過ぎるセスタスを精神的にも成長させる作中屈指の人格者。この人なくしてセスタスが語れないほどの重要人物。ちなみに筆者は一番好きです。
後述するが名言・格言の数が半端ない。
思わず『な、なるほど…』と唸るようなセリフを次々に行ってくれるザファル先生だ。ファンも多く、人気投票したらザファル先生が1位なのでは…?という意見があるくらい崇拝するファンが多い人気キャラ。
セスタスのライバル《ルスカ》
裕福な家、端正な容姿…、初見では一般男性読者の反感を買いそうな人物。しかし、セスタスのような奴隷ではないものの、権謀・術策渦巻く上層階級なりの苦悩・家族や恋人関係でも悲劇が尽きなかったりする。ライバルキャラという側面もあるが、もう一人の主人公としても描かれている印象。孤独感や絶望感に打ちのめされながらも次第に立ち直っていく過程が驚くほど緻密。
戦闘スタイルは拳闘だけではなく総合格闘(パンクラティオン)を主とする強者。格闘描写も拳だけでなく足技、投げ技、関節技と多彩。
立場上 許されない恋、なんて要素もあったりする。両拳だけに特化した強さを追求するセスタスのストーリーはシンプルで熱いが、総合格闘技のルスカは複雑な人間関係にハラハラドキドキしたりする。
作中最強!《デミトリアス隊長》
宮廷で皇帝の守護を任されているデミトリアス隊長。素手で武器を持った相手(しかも複数人)を叩き殺したり、蹴りで建物の支柱をぶっ壊したり…。普通、次々に新キャラが登場してはパワーバランスが崩れるものなんだけどデミトリアスがいるおかげで「まぁどうせ隊長が最強だからな…」と謎の安心感を読者に与えてくれる作中最強人物。ルスカの父。
生き様は一貫しており、勝ちこそが全て。敗北は死、とも考えるような人物で相手を蹴散らしてでも強引にのし上がっていくタイプ。400戦無敗。ザファル先生の因縁の相手でもある。
……
そのほかにも数えきれないくらい魅力的なキャラがいるんだけど、長くなるので割愛!
《拳奴暗黒伝/拳奴死闘伝セスタス》魅力
無論、格闘漫画としての人気が超高いので格闘シーンが上手いのは当然なんだけど
面白い歴史漫画は取材が大変っていうのも納得できる面白さ
というように、魅力は多方面に渡る。
今回は僕自身が感じた魅力・おすすめポイント4つを紹介しておく。
魅力①:超迫力!格闘シーン!!
やっぱり格闘シーンの上手さ・面白さは圧倒的。試合では急所・突きの速さ・距離感・耐久力などそれぞれの持ち味全てに言及され、ローマ時代の拳闘を現代の格闘技知識を用いて解説されるのが興味深く、面白い。
ダメージを受けた時の「ブレ」やパンチの「流線」にも迫力があり、まるで本当に動いているかのように滑らか。同期(しかも高校の同級生)にベルセルクの三浦氏、ホーリーランドの森氏がいることも相まってか画力は最高レベル。アニメ化された際に『漫画版の方が迫力あった…』とファンががっかりするほど上手い。
そして何より素晴らしいのが
……
キャラ一人一人が、しっかりと自分の意思を持って戦っていると実感させられる巧みな心理描写は圧巻。第9巻のモンソン戦はシビれた。真剣勝負で一番コワいのは技術があるヤツじゃなくて覚悟を決めたヤツだよな。
魅力②:胸が熱くなる名言
先述したように、名言・格言も多い『セスタス』。
特にグッときたセリフをいくつか紹介しておこう。
セスタス 名言:
何も失ってはいない!!!
無駄な努力・経験はない、というザファル先生の結論。
拳闘という分野で必死に努力を積み重ねたセスタスだが、総合格闘技のルスカに惨敗してしまう。『相手は全力ですらなかったのに…!』と悔しさと情けなさから、すっかり意気消沈のセスタスに放ったザファル先生のセリフが逸材。
聞こえるか?闘いの鼓動が
肉体が一刻一秒 生存を勝ち取る
不屈の噭びだ!!
心がくじけてどうする!?
何も失ってはいない
経験を得たのだセスタス
悲観などするな!!
おまえには明日が在るッ!!
セスタス 名言:
自己否定にかまかけた“諦観”について
ある拳闘団体に所属することになったセスタスとザファル先生。拳闘団体で”お荷物”と馬鹿にされる子供3人を引き受けることになり、その内の一人が自分を卑下する発言をしたときのザファル先生の発言。
…
よく聴けガキ共!
目を醒まして しっかり前を見ろ!
挑みもせず 諦めるなど 俺が許さん
拗ねるな 妬むな!
逃げるな 誤魔化すな!
今 この場で出せる全力を振り絞れ!
今日現在 たどり着ける己の極点に登れ!
ここからどう動くかで将来が決まる!考えろ!
時間だけは全ての人間に平等なのだ!
十年後泣くも笑うも お前たちの今後の努力次第だぞ!
セスタス 名言:
間違った反復練習について
教え子の指導にて、ただ回数をこなすだけの練習になってしまった際の発言。
お前は反復練習の意味を履き違えている!
目的はなんだ?正しい打法を身につける事だろう?
だがお前は百回という回数を追うことに専念し、手段が目的化してしまった
それでは数をこなすうち姿勢を崩してしまったのは至極当然だな
志の甘さが目的と手段をすり替えてしまうのだ
愚か者が陥りやすい落とし穴だぞ 気を付けろ
…
その他
世に言う「努力」とは
「個別の頂上」を極めんと力を
尽くす事だと俺は思う
結果論を振りかざし
敗者の悪し様に批判する事など
どこの誰にだって出来るんだ!
と、枚挙にいとまがない。拳奴死闘伝になってからはザファル先生どころかナレーションにも力が入り、『これ書いてるとき作者ノリノリだろうな!』と読者が気付くくらい熱い仕上がりになっている。
他にも沢山 目から鱗な格言があるけど、そちらについては本編で読んでね。説教くささがなく、じんわりと自分の糧になるような名言・格言の多さも漫画『セスタス』の魅力だ。
魅力③:宮廷内のアレコレ
単なる格闘漫画とは違い、漫画の面白さを重層的にしているのが宮廷内の(主に政治的)アレコレだ。作者の技来氏がローマ時代を描いた作品を沢山 参考にしたようで、ビジュアル面の考証・当時の政治的状況なんかも精巧に描写されている。勿論 一部はフィクションなんだけど、皇帝ネロに関するアレコレは史実に極力沿って進行しているようで読者を飽きさせない。
特筆すべきは皇帝ネロの母、皇太后のアグリッピーナが強烈で蠱惑的な点。妙齢でありながら、拳闘暗黒伝では6割以上(独自調べ)のお色気ページを飾るほどである。とんでもない未亡人である。
野心に見合うだけの美貌と才覚を兼ねそろえ、明確な頭脳も、必要ならば悪事も辞さない度胸も一級品。婦徳の範など意に介さない『悪妻賢母』っぷりは他じゃ見られないレベルで見応えがある。自分の子で皇帝のネロに対し過剰にも見受けられる愛情と理想を押し付けることが仇となり、次第に溝を深めることになるが…
そんな母との間で愛憎にまみれ、苦悩しながら皇帝を頑張っていた悪名高いネロも見所。幼少期はあどけない芸術好きの子供だったのに次第に悪辣な顔になっていくのが超リアル。政治描写だけでもケチな僕が単行本を追えるくらいには面白いぞ。
魅力④:古代ローマの世界観
あ、貼る画像間違えた
並みの漫画なら本筋の『格闘シーン』を外れた世界観の説明なんて蛇足。
『そんなんはいいから本編勧めろや!』
となるところだがセスタスでは、ちょこちょこ入る古代ローマのマメ知識パートが好きな読者も少なくない。
古代ローマでも醤油みたいな調味料使ってたらしいよ。
こんな感じで、古代ローマ付近の生活や風習をきめ細かく繊細に描かれているのがスゴイ。時代背景や日常シーンが細かく、なおかつ分かりやすく描かれているので読んでいる内に楽しくローマの歴史にも少し詳しくなれたりする。最初は拳闘シーンで読み始めた読者も、次第に日常シーンのローマの薀蓄の方が読んでて楽しくなって…というのもザラ。コロナ渦で海外旅行に行けなくなってしまった人に強くおすすめできる歴史漫画としても逸材である。
また時代背景だけではなく、
その時代に生きた色んな階級・地域の人間たちの生々しい群像劇としても非常に完成度が高い。共感をするのに何ら壁がない。古代ローマの頃の中東とかイスラエルとかロシアの雰囲気が垣間見える漫画なんてそうそうないぞマジで。
総括《拳奴暗黒伝/拳奴死闘伝セスタス》
格闘漫画は数あれど、セスタスは他の格闘漫画を一線を画す仕上がりだと思う。ストーリーの面白さ、キャラクターの魅力、歴史的読み物としても楽しい等 書いていて魅力が尽きなかった。体格に恵まれない主人公が、自分の資質を合理的に活かして勝ち上がる様は熱く、なおかつ爽快。50巻前後までの全盛期はじめの一歩に引けを取らない面白さだった。
その分、正直 アニメ版ではガッカリを隠せない僕だった。やっぱり漫画版の絵が良すぎたからアニメで迫力出すの難しかったのかなぁ。。期待が大きかった分、予想を超えられないような仕上がりになってた。といか今まで3DCGを使った格闘アニメで『おぉ!』となった例がない。やっぱ多少なりともデッサンが狂ってたりしてた方が漫画・アニメとしては良いと思うんだが…
まぁアニメの話は置いといて!とにかく漫画版の『セスタス』は本当におすすめだ。タイトルで『ローマ版はじめの一歩』なんて紹介したけど、それに見合う熱量と爽快感を持つ傑作漫画だ。
最後にアニメ『セスタス』のOPでもあるDragon ash 『エンデヴァー』から歌詞を引用しておく。
逆境 葛藤 雑踏の直中で
渇望 確証のない世界をゆけ
気になった人は是非!
僕の近辺ではあんまり盛り上がってる様子はないけど、間違いなく傑作だぞ!
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