【良い文章は良い感性から】悪い文章 書かないためには『縦横無尽の文章レッスン』

つまらない、と思われるのは屈辱です。どうも、昨晩 渾身のツイートが盛大に滑りました、井家と申します。

 

言葉、文章。どうかしら。「あーしらには関係ねぇし。」と思うかもしれないけど待ちたまえ。本当にそうかな?

読者諸君、「あーしらには関係ねぇし。」と話すこの人のイメージを各自 思い浮かべてほしい。色黒で金髪(または茶髪)、キティちゃんサンダルを履いて深夜のドン・キホーテにワゴンRでやってくる、倖田來未と専門学校を中退するのが大好きな20代の女性達が思い浮かばない?浮かびませんか、そうですか。念のため該当する女性は至急TwitterでDMしてくるように。

 

言葉とは人類の最高表現方法である、という言葉があるように「ことば」はとても大事なもの。リアルでは第一印象で人が判断されてしまっているように、ネット上では その人の書く文章によってその人の印象が決まってしまっている、といっても過言じゃない。

 

僕自身こんな偏屈なブログを書いている手前、できる限り思いが伝わる文章を皆さまにお届けするべく今日は「縦横無尽の文章レッスン」を呼んで文章の勉強。歌詞を考えるソングライターも、ブロガーも、ツイッタラーもインスタグラマーの方も、老若男女もう少し自分の文章について考えてみませんか。

 

 

 

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縦横無尽の文章レッスン

著者は『鍋の中』で芥川賞、『潮望』で川端康成賞、『龍秘御天歌』で芸術選奨文部大臣賞など数多の賞を取っている文章のエキスパート、村田喜代子さん。

 

本の構成は、村田氏が実際に大学で受け持つ文章講座を元に

  • 前期第一週
     何を書くか、書かないか?小学生の作文にひれ伏そう
  • 前期第二週
     面白がって、自由に、大胆に、冗談まじりに、すきなようにやってみよう
     間違っても、しかつめらしくならないで
  • 前期第三週
     真っすぐな、直な文章ばかり書いていないか
     理屈はこんなふうに捏ねるのだ

……

というような感じで進んでいく。

 

文章を書くのに文学書だけを読むというふうに片寄るのは身長を伸ばすために鉄分とカルシウムしか摂らないと同じだ。健やかな体の成育には総合的な栄養がいるだろう。痩せた土壌からは優れた文章は生まれない。

と著者が言うように、題材は小学生の作文から童話、そして生命科学者の情感溢れる文章やら画家・作家の前衛的でラジカルな文章まで紹介している。そんな各ジャンルの名文を、文章力を極めたような著者の解説と共に腑分けし、どこがどのように素晴らしいのか、ということ一つ一つ知っていくことが本書の狙いであったと思う。

 

全編を通して楽しく文章講座を受けられた。今回は、その中で感銘を受けた3つをまとめてみた。

 

 

理屈をこねるということ

とにかく日本では理屈が敬遠される。理屈は肩身が狭いのである。

だが屁理屈は固い頭と切れやすい心の柔軟体操だ。理屈は、物事の本質を考えさせられる。理屈は説得する話の筋道の立て方を考えさせられる。理屈はユーモアと機知と、冗談と皮肉を育てる。

引用:前期第三週

 

屁理屈、なんて言葉があるほど昨今の日本では理屈と聞くと「うるせぇ」ってなる人が多いようだ。一休さんも現代で理屈をこねようものなら檻の中で虎とファイト。ジ・エンド。しかし偏屈な僕が読んでいて楽しい、面白いと思うのは(屁)理屈を並べて主張し、ぱっと見 理路整然としていて正論に見える文章だったりする。森見登美彦とか。皆さんはどうだろうか。

 

文章の筋を通す。この筋、というのはミステリー小説や恋愛映画のストーリーのようなものではなく、論理的であるということ。きちんと理屈が通って論理的な文章はスラスラ読める。筋が通った文章は気持ちが良い。筋の通り方が良いほど、読む快感も増す。

 

文章を書く、というのは何かを話すということ。学術論文でも小学生の作文でも同じで、主張したいこと、共感してもらいたいことを伝えるために文章を書く。伝わる文章とは筋が通った文章だ。論理的とは「相手が納得するか」を考えていけば身につく。

 

 

適切な言葉、漢字

言葉は符牒だ。取り合えず付けたラベルみたいなもの。

引用:後期第三週

 

「空飛ぶカモメは自分がカモメであることを知らない」という言葉にわかるように、人はあらゆるものに名前をつけた。仮につけた名前であっても、意味なく付けたわけではないのでそれぞれ姿形を表していたりする。次の例文を読んでほしい。

 

むかし砂川の米軍基地反対運動があり、左翼に燃えていた未成年はそのデモに加わった。農道に坐り込みをしていると、警官隊がゴボー抜きにくる。(中略)抵抗すると殴られるわけで、それも報道陣の目を気にして下から警棒で突く。下手をすると目をやられる。

傷ついた人が仲間に抱えられて後ろのところに行くんだけど、見るとその人の目玉がどろりと外に出ていた。本当に丸い目玉が眼孔から流れでて、ぶら下がっている。その目玉が救護されて戻ったかどうかは分からない。でも目玉が本当に飛び出すんだと知ってぞっとした。

 

「目玉」という言葉に注目してみる。「眼」ではなく「目」と書いてある。これは漢字が、ものの形を表していることの良い例で、「眼球」より「目玉」のほうが、このマニアックな文体に合う

 

このように言葉には一つの単語を表すのにいくつかの漢字を持っていたり、同義語なんていう同じような単語を持っている場合がある。どれを選ぶか、というのも良い文章、伝わる文章を書く上ではキーポイントになるようだ。

 

 

書こうとする対象物との距離

対象物をじっくり見てみよう

しかるのち、目を閉じる

物事の本質はそれからでないと見えてこない

引用:後期第五週

テーマのない文章はただのおしゃべり・まとまりのない独り言である、と村田氏は言うように、ひとつのまとまった文章には必ずテーマがある。そして、文章を彩るのは細部、なにに注目し、どう表現・形容するかだと僕は思う。

 

ここで村田氏のおススメしているのが上記の通り対象物をじっくりと観察し、目を閉じるということ。目を閉じる、というのは対象物の姿形にとらわれ過ぎないということだ。イメージをすること。文章は人の心の動きによって生まれ、人の思念によってまとめられるものだとすると、人の数だけ個性があり、自分の手に馴染んだ書き方がある。

 

また、対象物を観察するときは距離感にも注意しよう。さよなら、といって別れた後のほうが恋人の気配を強く感じるときがあるように、書こうとする対象物との距離も重要だ。

 

性別も性格も違う一人ひとり、心に思うことをもっているのだから、カタチにとらわれ過ぎずに対象物を観察し、イメージとして浮かべる。手垢のついた表現よりも自分で掴んだイメージ・表現の方が共感・感動を生み出すことも多い。

 

 

 

良い文章を書くには、文章に対する感度を育てることが大切。

縦横無尽の文章レッスン」では、文芸、科学、芸術と一点にとどまらない各作品の名文が村田氏の解説と共に紹介・腑分けされている。読者諸君も安心して小学生の作文にひれ伏してほしい。

 

 

 

(追伸:どういうわけかパソコン版Amazonの試し読みで内容はおろか裏表紙まで全部見れちゃうんだけど僕だけでしょうか?まぁ、暇だからとりあえず文書力を鍛えてみっかという奇特な皆様は是非。)

 

 

 

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